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JOC年表

1931 - 1945

(1909年〜1980年はオリンピック事典より抜粋 1981年以降はJOC事務局が作成)

1931年
8月7日〜9日 第1回日米対抗水泳競技、神宮プール(6月19日完成)で開催
1932年
2月4日〜13日 第3回オリンピック冬季競技大会(レークプラシッド)
7月30日〜8月14日 第10回オリンピック競技大会(ロサンゼルス)
1933年
3月25日 日本オリンピック委員会、陸上の全国巡回コーチ計画を決定
5月 国際オリンピック大会に関する実行委員会設置
6月7日 第32回IOC総会で杉村陽太郎、IOC委員に推薦される
12月29日 岸清一没(67歳)
1934年
4月14日 大日本体育協会、臨時評議会において岸清一の後任として副島道正を、IOC委員に選出することを承認
5月16日〜19日 第33次IOC総会で副島道正、IOC委員に選出される
5月 第10回極東選手権大会(マニラ)で会期中、極東体育協会及び大会も解消
9月8日〜9日 第1回日米対抗陸上競技、神宮で開催
1935年
1月25日 第12回オリンピック大会、東京開催に関する建議、衆議院で可決、2月23日貴族院でも可決
2月11日 オリンピック招致についてIOC委員、ムッソリーニ・イタリア首相と会談
10月31日 イタリア政府が1940年ローマでのオリンピック競技大会の開催希望を日本にゆずると正式発表
1936年
2月6日〜16日 第4回オリンピック冬季競技大会(ガルミッシュ・パルテンキルヘン)
3月19日〜4月9日 IOC会長ラツール伯、オリンピック競技場視察のため来日
7月30日 第36次IOC総会で杉村陽太郎に代わり徳川家達IOC委員に就任
7月31日 第36回IOC総会で第12回大会開催地に東京決定
8月1日〜16日 第11回オリンピック競技大会(ベルリン)
12月19日 オリンピック東京大会組織委員会結成、会長にIOC委員、徳川家達就任
1937年
4月15日〜5月20日 IOC委員ガ一ランド来日
1938年
5月4日 嘉納治五郎、カイロでのIOC総会の帰途、永川丸船中で死去(78歳)
7月15日 閣議、第12回オリンピック東京大会の中止を決定し、意向を組織委員会に通達
7月16日 オリンピック組織委員会、第12回オリンピック東京大会の返上を決定(同時に第5回冬季オリンピック札幌大会も返上)。IOC本部に報告
1939年
4月13日〜27日 IOC委員ブランデージ来日
6月 徳川家達、IOC委員を辞任
6月 高石真五郎、永井松三、IOC委員に就任
8月24日〜27日 ウィーンで開催の第8回国際学生競技大会に参加の日本選手10名、国際情勢悪化のため大会2日目でひきあげる
11月3日 南寿逸、ウエイトリフティング60kg級で世界新記録樹立
1940年
第12回オリンピック競技大会(東京返上後ヘルシンキ)中止
第5回オリンピック冬季競技大会(札幌)中止
1941年
3月22日 元IOC委員岸清一の遺族の寄付により、お茶の水に岸記念体育会館が落成
交通制限により神宮大会以外、全国的大会中止
1942年
4月8日 大日本体育協会、大日本体育会として新発足、各競技団体解消し体育会の部会となる
7月3日 厚生省、第13回神宮国民体育大会を明治神宮国民錬成大会と改称し、夏季、秋季、冬季に区分、要綱を決定
1944年
第13回オリンピック競技大会(ロンドン)中止
第5回オリンピック冬季競技大会(コルチナ・ダンペッツォ)中止
1945年
大日本体育会、加盟団体組織に改組

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